親友って何だろう?

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今年62歳。バイナリーは男。数年前に仕事をリタイアし、現在家族と離れ田舎の実家で高齢の母と暮らしている。
親友はいない。いや、友人さえもう候補に上げる相手さえない。
それでもまあ、なんとかたのしくやっている。東京の家に残した妻、娘、2世帯同居の息子夫婦に孫娘、そして愛猫と親しくコミュニケーションのとれる相手がいる。母から譲り受けた家庭菜園、広い庭の植木の剪定、築150年の古民家を解体した跡地への植栽とやるべきことは多い。ときどきうんざりすることもあるが、平均してまあ幸福なのだろう。

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世間ではいまだに友人が少ない者への評価は低い。メディアが演出する素敵な青春、素敵なシニアライフに友人は不可欠のようだ。とりわけ親友ときたら、ストーリーの重要なカギを握っていたりする。
しかし実際の僕たちの生活はどうか。おそらく親友と言い合える友人なんて見当たらないのがほとんどではないか。

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さて、ここまでタイトルを含め親友という文言を4回記してきたが、実際のところ親友とはなんだろうか。
手元の古い辞書「大辞林(三省堂)」によると「互いに信頼し合っている友達。きわめて仲のよい友達」とある。用例として「無二の-」が挙げられている。つまり「比べようもないほど親しい友」ということか。
人生を振り返ると、じつはそれに匹敵する友がひとりいた。
どれほど親しかったかは、すでにこのサイトに記してあるので、興味のある方は後でもかまいません、ご覧いただきたい。

失った親友のこと。それから十数年後に思うこと。

Kの1978年

高校生Kからのハガキ

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僕の親友Kは2007年1月31日、47歳でこの世を去った。彼を友人と思うようになったのは中学生からなので34年ほどのつきあいだった。
亡くなった際、彼の奥さんにしらされ、まだ病院のベッドに横たわる彼の冷たい手を握ったのは友人として僕ひとりだった。
ただ彼が存命中は「親友」と呼ぶ合ったことは一度もない。「無二の友」であったことは紛れもない事実だが、それを「親友」とカテゴライズしていたわけではなかった。

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辞書の定義はともかく「親友」という言葉には複雑なものがある。
なぜだろう。

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まず第一に挙げられるのは法的に認められた人間関係ではないことである。
親子や夫婦は戸籍謄本に記され社会的に親、子、夫、妻という立場を証明することができる(同性婚の問題はここではとりあえず保留とさせてください)。
では同様に法的に認められた関係ではない「恋人」はどうか。こちらはバイナリー、ノンバイナリーを問わず性的な交わりを一助とする24時間共にいたいという本能としてのカップリング願望を原点としていることにおいて、一時的なものではあれ個人的に揺るぎない根拠を持つ関係ということができる。
一方「親友」は法的に認められたものではなくカップリング願望を原点とした個人的な揺るぎない根拠を持つ関係でもない。友人関係はつねにあいまいで、ある事象の作用・反作用によってその価値が変化していく。

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そうしたことを踏まえ、僕は「親友」とは一つ、一種のブランディングでないか、と考える。
現役時代、広告制作会社を経営していたことから、周囲に「ブランディング」を「物語の約束」と定義し説明してきた。
商品・サービスを利用することで生じる「感動の物語」が他者から伝え聞くように自分に対しても必ず再現される、その約束が信頼を生むというものだ。
親友とは、人間関係における最高位のブランドという訳である。

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また「親友」とは一つ、個人的に名付ける戒名(ここでは位牌に刻む文字)ではないかとも考える。
仏教における戒名はあの世における仏の弟子としての位で、実家の近辺では位牌の11文字、最後に「居士・大姉」とつくものが最高位とされる。大居士・清大姉があるとおっしゃる方がいるかもしれないが、実家の界隈にそんなに偉い人はいないので、ここではそれとする。
つまり「親友」は亡くなった後の自分における友人の位で「居士・大姉」に値するというものだ。
人間関係は揺るぎやすい、しかし死によってその関係は完了し、友人としての存在価値が確定する。後の伝聞によってその関係を再評価しなくてはならないことがあったとしても、それは再定義すればよいことで、少なくとも死によって友人の位を定義することは可能だ。

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そうした意味でKは生前最高位のブランドを僕に打ち立て、死後、友人としての最高位の戒名を与えるに相応しい人物であった。

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それを裏付ける事実は34年の交友から生み出された。
もうKのような友を得ることは不可能であろう。しかし彼を持ち得たことが僕の人生の一つの大きな価値であることは揺るぎない。
親友って何だろう?
たぶんそれは後から振り返るもので、無二の関係と思えた人がそうだったのではないだろうか。
なあ、Kよ。

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