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体育が苦手な少年は

小学生のころ学校の体育が苦手でした。通信簿は5段階評価でだいたいが「3」。鉄棒を握っても、グラウンドを走っても、ボールを打っても蹴っても、目立った活躍はほぼありませんでした。

母方の祖父はやはり走るのが遅かったらしいです。祖母になぜ父と結婚したのか母が尋ねると「本当は嫌だった」と打ち明けました。なぜなら運動会の徒競走でたくし上げた着物の裾からふんどしが外れ、引きずりながらビリッケツを走っていたから。母と祖母はふたりで大笑いしたそうです。

まあ、そんな血を継いでしまったせいか、クラスのおよそ半分の男子が選ばれた校内のソフトボールチームでも補欠になるのがせいいっぱいでした。

ただ、そんなコンプレックスを抱えていたため奇跡的な好プレイは大切な宝物であり、50年経ったいまでもくっきりと覚えています。

たとえば小学6年生のクラス対抗ソフトボール試合。対外試合に出場した正選手は公平性を図るため除外されました。つまりへなちょこピッチャーとへなちょこバッターの戦いです。僕はそこでセンターオーバーのランニングホームランを放ちました。

思いっきり振ったバットがたまたま芯に当たっただけなのですが、見事なまでの飛距離をたたきだしました。

また中学生になったばかりのころ。体育の時間のサッカーの試合で僕がゴール前にけり出した横パスを、走り込んできた男子がボレーで蹴り、ゴールを決めたことがありました。彼はもちろんサッカーが特異な少年。彼から「ナイスパス」と褒められたことがとてもうれしく、あのとき飛んで行ったボールの軌跡をスローモーションで何度も思い出します。

それから間もなく本格的な成長期に入った僕の体と運動神経はうまく連結しはじめたのか、町内駅伝大会で区間賞をとったり、バレーボール部のキャプテンになったりしました。

まあ、その程度のことですが、僕にとっては上出来な仕上がりでした。

体育が苦手な少年は、さえない気分に陥ることが多々ありました。でも、こうやって振り返ると輝かしいこともあった。そのレベルはともかく、こころに光るものがあることはとてもたいせつなこと。それらは今でも僕の小さな誇りです。

 

 

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