彼女は下期の区費の集金に我が家を訪れ
玄関の前でこう言った。
「これが人生と受け入れるしかないんだよ」
彼女は同級生だ。
たしか子どもの頃、三輪車をひっくり返して
前輪を手で回して遊ぶやり方に関し、
意見が合わず、それ以来しばらく仲たがいをしていた。
でも中学生の頃くらいから
なぜか気が合うようになり、
還暦を過ぎたいまでは村に暮らす先輩として
すっかり頼りになる存在となっている。
彼女の人生は決して満帆ではなかった。
愛する恋人との結婚は頑固な親父によって阻止された。
長女であるが故に婿を迎え入れなければならなかったのだ。
父親と母親はそろって痴ほうとなった。
働き者の夫を迎えた彼女は在宅での介護を選んだ。
父親は何度か徘徊を繰り返し、
そのたびに彼女は車で深夜の街道を探し回った。
ある夜、幹線道路で父親は車に跳ね飛ばされた。
それは地方の新聞に載り、村内の誰もが、
陰で悔やみの言葉を述べた。
そんな事件が起きる前
たしか村の新年会の帰りだったと思う。
彼女は僕に言った。
「帰ってきなよ。田舎はお金がかからないよ」
なぜかわからないけど、
僕はその言葉に強く惹かれた。
「そうだよな。きっと年金で暮らせるよな」
それがきっかけとなり、僕はひとり実家へと帰った。
僕は実家のコミュティの長となり、
古い蔵を壊し、そこに小さな家を建て、
みなさんに「もったいない」と言われながら
古い家を解体撤去しようとしている。
村人の保守的な価値観のなか
あるべき姿を追求する僕の姿勢は
ときに笑い者となり、多くの場合厄介者として疎まれている。
田舎での愚直な取り組みは、異質でしかない。
誰もが流行りの作業衣装で身を固め、
2台目の軽ワゴンに趣味を詰め込み、
賢いふるまいでやり過ごすことに懸命だ。
僕は相当まいっていたのだろう。
集金に訪れた彼女に愚痴をこぼした。
「いや、鬱になりそうだよ」
そのとき彼女が笑顔で返してくれた言葉が
「これが人生と受け入れるしかないんだよ」だった。
僕はただ、ただ、ただ、生きようと思った。