村で人気の先輩がいる。
ある日そのお宅の裏を通ったとき、大きな音量でタンタカツタタカ、タンタンの「笑点」のオープニング曲が聞こえてきた。先輩らしい夕げのひとときであり、僕は思わずナイスとほほ笑んだ。
冗談が好きで、村の会合でもまっ先にくだらない突っ込みを入れるのは、この先輩だ。それは会話のマジックで、笑いによって皆がこころを許した隙に、本質を突いた提案をぶち込んでくる。
お盆前、ふたりだけの時間に恵まれたことがあった。村の行事で神様の祠周りを一斉清掃する日がある。なかなか気づけないことだが、先輩は無縁仏の清掃を買って出てくれ、たまった塔婆を燃やしてくれた。
全体の進行を管理する役割を担っていた僕は、たまたま時間が空き、先輩の仕事を手伝っていた。
「やってみるとなかなかたいへんだろう」
先輩はコミュニティの長をUターン直後に任された僕をねぎらってくれた。
そして無縁仏の歴史を教えてくれた。
村には昔、出城があった。城といっても辺境の要害のようなところである。小高い丘は海に接し、崖となっている。
先輩が想像するには、そこは恐らく首切り場ではなかったか、とのことだった。敵の者か、城が落ちた時の者か、彼らの供養のために建てられたのが無縁仏の墓石だという。
数十年前、村では若い旦那たちが急死することが連続した。畏れをなした村人は供養のため霊媒師を呼んだ。その師は「おお、たくさん飛んでいる」と空を見上げたという。先輩はそこで「まさかなあ」とニッコリ笑った。
線香を焚きながら塔婆を燃やしている先輩の姿は供養に真剣そのものだったが、笑顔が現代を生きる僕らの安寧を期待させてくれた。
今年は国勢調査の年である。村の担当者を決めなくてはならず、僕は過去に経験のあるこの先輩に依頼した。
「時代が時代だからよお。年寄りに怪しまれることもあるんだよ」
隣村も受け持ち、顔の知られていないお宅を訪問することがある。その際、不審者と疑われることがあるそうだ。そんな苦労話を教えてくれつつ、快く引き受けてくれた。
10月4日、国勢調査の締め切りが迫るなか「確認しなくちゃなんねえんだよ」と我が家を先輩が訪ねてきた。ネットで回答しましたよ、と答えると先輩は「ああ、ありがとう」とまた笑顔を返してくれた。例えはよろしくないが事後処理のような細かな仕事でも、先輩は相手を気遣い満面の笑みをくれた。
このとき初めて気づいたのだった。このひとの人柄はすべて笑顔に象徴されていたのだ。
僕は最近、苦悩することが少なくない。ひとと接する際、自身の強さの証となるべき、凌駕する笑顔を振りまけていただろうか。顔をしかめたり、口をとがらせうそぶいたりしてはいなかっただろうか。
無理をして作り笑いをする必要はないだろう。しかし苦悩を受け止めたその上で自分を笑い、その状況を笑える客観的な視点を持ち得ていただろうか。笑顔で他者を救う術、それが自分を救うことにつながることを本当に理解していただろうか。
小さな僕は、今日大きな先輩の笑顔にたくさんのことを学んだ。