子どものころ、口笛を吹くと祖母に叱られたものだ。泥棒が相棒を呼ぶ怖いもの、と教えられた。でも、一人で下校するとき、暗い雑木林でさみしくないぞとばかりに大きな音で口笛を鳴らした。友だちと歌謡曲の音マネを競ったこともあった。
なぜ禁じられたのか、子どものころはわからなかった。禁忌の心理が働き、草笛や指笛も練習しようとは思わなかった。
成長し、交友範囲が広がり、相手のことを知りたくて、いろいろ質問するようになる。そこにはウィンクができるか、スキップができるかなどといった取るに足らないこともあり、口笛や、指笛も含まれていた。こっそり練習し、たのしんでいたので口笛だけは得意げに吹いたものだった。
結婚し、二人の子どもができ、兄妹は口笛をよく吹くようになった。遠くから口笛が聴こえうちの子が帰ってくるのがわかる、と連れあいが教えてくれた。
部屋で遊んでいるとき、勉強しているとき、調子のよいときに口笛が聴こえる。落ち込んでいたり、不機嫌だったりすると聴こえない。口笛は子どもたちの心のバロメーターだった。
なるほど、相手に心を悟られてしまうのか。わが子のふりを見て、わが親の真意がわかった。人のたしなみとして口笛を禁じたのだ。
でも、僕と連れ合いはなにも言わなかった。
自分の世帯を持つようになった長男がたまにやってくる。そして昔のCDをあさっているときなど口笛を吹く。僕は、ああ、仕事が家庭がうまっくいっているのだな、と安心する。
夜、長女の部屋から口笛が聴こえる。自分の目標である道に没頭している時間だ。
うちの子どもたちは口笛を吹く。とても、しあわせそうに。