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夭逝

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深い雑木林の坂道をつらつら登った頂上に、その火葬場はある。老朽化して何度か建て替えの話はあったが、周辺への新たな補償問題などが障害となり、立ち消えとなっていた。

煤けたコンクリートの小さな建物に炉が五つ。棺の置かれる炉前は柱で囲われてはいるが、吹きさらしとなっており、利用者の評判は芳しくない。

秋の彼岸の中日。一人の女性と二人の男性のベテラン職員の手によって、僕たちのための作業は滞りなく進められた。

収骨の段となり、年かさの男性職員が馴れた様子で家族や親族に焼き終わった骨の状況を説明する。参列者の多くが、幾度もそのような状況に接してきたであろう年恰好ではあるが、身内となるとまた違うのだろう、顔を寄せ合い熱心に話を聞いている。

僕は、少し離れた位置に立ち、あらぬ方向を見ていた。隣の炉では、丸い鉄の扉の向こうでいままさに別のご遺体が焼かれている最中であった。

ゴオーというバーナーの重低音が体に響く。遺影にはまだ高校生にしか見えない精気に満ちた笑顔の青年が写っていた。

何らかの運動をやっていたのではないか。しなやかな身のこなしでクレバーなプレイを何事もなくやってぬけそうな、スリムな体と精悍な顔つきをしている。きっと素敵な彼女もいたことだろう。

遺影の前には戒名の札が立てられている。しかしそこに戒名はない。若すぎるからなのか、ごくごく身内の葬儀だからなのか、理由は分からない。俗名がそのままあり、「の霊」で結ばれていた。

僕の参列した葬儀は真言宗である。僧侶はすでにひとかどの風格を身につけていたが、まだ四十代そこそこに見える風貌が、その前進を拒んでいるようでもあった。戒名の一文字一文字の意味をていねいに解説してくれ「南無大師遍照金剛」の意味も他宗を例に分かりやすく教えてくれた。

その僧侶が、若者の遺影の前に立っていた。

左手で新たな香をたっぷりくべ、右手に持った百八玉の長い数珠を密かにたぐった。そして一言、何かを唱えたようだった。

さりげない、ほんの一瞬の素早い動作は、こちらの親族の手前があったからなのか。あるいは破戒行為に含まれることなのか。しかし僧侶は他の者が骨に夢中になっている間、そっと若者の遺影の前に立ち続けていた。

降り注ぐ秋の陽が、古びた火葬場を暖かく包んでいた。

 

 

 

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