深夜の路上で2万円を騙し取られた話

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本サイト記事一覧のサムネイル画像(本記事の時計とは異なります):PHOTO by Jatin Anand/Pexels

あの男はまだ生きているだろうか。いまも同じ商売をやっていたら創業30年近くとなるので立派な老舗である。
僕は昔、腕時計の詐欺にあったことがある。実際の被害額は2万円であったが、はずかしくてつれあいには1万円と報告している。しかしもう1万円分くらいは大笑いされたので、彼女の評価は正しかった。
事の起こりは深夜の東京南青山である。当時、広告制作会社を経営しておりそこに小さな事務所を持っていた。
青山通りの1本裏手でちょうど小西酒店(いまもあるかな?)の前でそれは起きた。
いつものように仕事で終電を逃し、表通りに出てタクシーをつかまえようとしていた。普段は長者丸通りから246へと出るのだが、なぜあのときその路を通ったのかわからない。長者丸通りの入り口にはavexの本社があり、同じ深夜帰宅組とのタクシーの奪い合いになるのでそれを避けたかったのかもしれない。
さて暗い裏通りをトボトボと歩いていると、ちょうど小西酒店の前で、青山墓地方面に向かう車が1台止まった。
歩道側のウィンドウが開き、運転席から男が大きな声で僕を呼び止める。
彼によると、腕時計の展示即売会の帰りである。海外の高級ブランド品だが自分の販売力が未熟で今回大量に売れ残ってしまった。このまま帰ったら社長にこっぴどく叱られる。助けると思って一つ買ってくれないか。もうこんな時間なので安くしてもいい。そんな内容だった。
薄暗い車内で立派な外装のパッケージ箱からキラキラ光るその品を取り出してみせる。
彼の最初の言い値は5万円だった。
これからタクシーで帰ろうという者に現金でそんな額を払う余裕はない。しかし何人かの社員を抱えており、自分も含めて、力が及ばない場面の悲哀は肌身に沁みていた。同情心をうまくくすぐられ無下に断ることも一瞬ためらわれた。
僕は愚かにも「2万円なら」と言ってしまった。
男は「それでは赤字になってしまう」などとさんざん迷うふりをしたが、結局商品を手渡し去っていった。
僕は深夜タクシーの車中でしばらくの間「人助けをした上にいい買い物さえできた」とよろこんでいた。「海外の高級ブランド品」をすっかり信じ込んでいたので箱を開け確かめることもしない。なんともおめでたい若造であった。
自宅に到着し、家族の寝静まったダイニングで風呂上がりのウィスキーを片手にうきうきと箱を開いた。
室内の100wの明るいライトのもと照らし出されたのは見事な模造品だった。いや聞いたこともないブランド名だったのでただの粗悪品だ。プラスチックのように軽く、メッキのバリがまだ残り、皮のようなバンドが安っぽく光っていた。
僕はその場ですぐさま箱に戻し、通勤バッグの底にしまった。「よくも騙したな!」という怒りより、普段賢そうに振る舞っていたクセにまんまと引っかかった自分の人間力の薄っぺらさがはずかしくてたまらなかった。そのくせ2万円の被害で済んだ、とへんなバイアスも働いた。そんなわけでこの“事件”をつれあいに報告するまで1ヵ月以上もかかった。
じつは僕が詐欺被害にあったのは、これが初めてではない。
小学校低学年の頃、家で一人留守番をしていると見知らぬ男が訪ねてきて「いくらでもよいのでお金を貸してくれないか」と言った。どうにも困っている様子であり、すぐに返すとのことだったので、お年玉のお金を千数百円ほど渡した。いわゆる寸借詐欺である。
家族が帰り、事の次第をよいことをしたという心持ちで話したら、こっぴどく叱られた。愚かなお人よしに育ってしまった息子を嘆かないわけにはいかなかったのだろう。
さて、2度あることは3度あるといわれることから肝に銘じお金の絡むことにはこれまで慎重に取り組んできた。おかげで以来詐欺にあったことはない(じつは陰であっているのかもしれないが本人は気づいていないのでこれはなかったことにしてよいだろう)。
いまでは笑い話としてこのように披露できるようにもなった。
人生経験としてあの詐欺師は僕に有効な登場人物だったのかもしれない。

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