なんとも悩ましい出来事に遭遇してしまった。
一方的に僕が悪いというご意見もあると思われ
こうして文章にするのをためらってみたものの、
やはり悶々としてやり切れないのでさらけ出すことにする。
ことは午前10時、市の職員がわが実家の庭奥に
軽乗用車で進入してきたことから始まる。
古民家を解体し、新しい家を建てたのは昨年のこと。
年末に外構工事を終え、敷地の入口から母屋まで
およそ20m。置石によるアプローチを拵えた。
本日は新築した家の固定資産税評価のための検査日だった。
しかし運が悪いことに一昨日、昨晩とまとまった雨。
もともと地下水の影響で湿りがちな場所に
敷石設置のため盛土をしていたところが軟弱になっていたようで
前輪駆動の軽乗用車はものの見事に車輪を沈めスタックしてしまった。
見かねた僕は余っていた70Lの頑丈な紙の米袋を数枚とりだし
空回りする車輪の下に敷くよう指示した。
さらに幅30cm×長さ3mほどの板を何かのすべり止めになれば、と提供した。
クルマに乗ってやってきた市の職員は2名。
ひとりは30代前半の男性。もうひとりは20代後半の女性だった。
外で状況を確認する役の女性はぬかるみにはまった靴と
車体の底に伸ばした手が泥だらけになっていた。
僕はバケツに水を汲み側に持って行き手を洗うよう促した。
斜めに浮き上がった敷石が車体の底に当たりロック状態になっているようだ。
最初は小ぶりだった雨も次第に勢いを増してきた。
僕はふたりに無理をしないでと玄関の軒下に入るよう促し
タオルを2枚手渡した。
聞けば上司に連絡し指示を待っているという。
レッカーを呼び引き上げるより手はないだろうと告げ、僕は部屋に戻る。
それまでおよそ50分。僕はクルマを押したり、持ち上げたり、
泥の下に敷き物を敷くなどの手伝いは一切していない。
首の頸椎を痛めており、両手の指先はつねにしびれている状態である。
草刈りや庭木の剪定は休み休みできるが
よけいな力仕事、無理な姿勢の作業でこれ以上悪化させたくはない。
どうせこういうときのために保険に入っているだろうし
いざとなれば土木担当の課だってあるのだ。
市の対応に任せることにした。
さて、しばらくすると母の呼ぶ声がする。
「隣家の姉さんが長靴をもってやってきたから出た方がよい」というのだ。
確かめると若い女性の泥だらけの足元を見かねたのか
わざわざ長靴と靴下を持ってきて履き替えるように促している。
「どうも、すみません」と思わず声をかけるが
おかまいなしの僕に我慢ならぬのか、こちらを見ようともしない。
わが実家には年寄りの女性しかいないためそもそも女性用の長靴がない。
ありがたいことではあるが、一方で困ってしまった。
親切心が働いたことは確かであろう。しかしその正義を
僕がやっていないことを責めるのだとしたら、はなはだ迷惑なことである。
僕はできる範囲で、僕の責任で、この出来事に対処してきた。
よそから正義を持ち込んで、偉そうに裁かれてはたまったものではない。
それから5分ほどで市の応援職員がふたり訪れ、
手慣れた指示でクルマはようやくぬかるみから脱出することができた。
件の姉さんは、一度家に帰りタオルを携えやってきた。
僕の渡したタオルが玄関先で使われず
置かれたままになっていることも知らず、
甲斐甲斐しく世話を焼いている。
ありがとう。ありがとう隣家の姉さん。
でもそれ、僕を悪者にしてるだけなんですが。
小さな正義と大きな怒りに包まれた隣人に
いやはや、僕はいまたいへん弱っている。