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38年前のすれ違い

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僕が20代初めの頃働いていた広告会社の営業所は
渋谷の道玄坂にあった。
3~4人の営業で構成されるチームが4、5あり、
僕を含めたディレクター(コピーライター・デザイナー)4人が
制作を引き受けていた。

 

この業界、現在もそうであろうと思うが
だいたい営業と制作は仲が悪い。
クライアントサイドの利益の代表を自認する営業に対し
カスタマーへの誠意を担保したい制作が
衝突するのは致し方ないことである。

 

当時、営業所で制作チームの評判が最も低かったのが
ある女性チームリーダーだった。
大柄で押しが強い。広告内容、スケジュールなど
制作の都合などお構いなしの発注が常であった。
彼女の高級ブランドの派手な服装にロング&ロールの髪型は
バブルが始まろうとしている時代にあって
クライアントに“出来る営業”をアピールする
分かりやすいアイコンだったのかもしれない。
営業成績は所内でもつねに上位を占め、
会社からの表彰を何度も受けていた。
しかしプレッシャーは相当あったに違いない。
営業先から夕方帰ってくるときは
体が斜め前に傾き、
パンプスの歩みを進めるのがとても辛そうだった。

 

ある日、僕は比較的仲の良い営業に誘われ
道玄坂上にあるラブホテル街へと向かった。
終電を逃した仲間が数人集まっているというのだ。
じつはその部屋にはウィスキーのボトルがキープされている。
営業所長が入れたもので、
所員の万が一の宿泊先に用意してくれているそうだ。
僕は制作メンバー初のご招待となったわけである。
最初男性だけ4~5人はいただろうか。
後から例の彼女が加わり
みんなで小さな宴会が始まった。
そして三茶など比較的近くに部屋を借りている者は
タクシーで帰り、そこにお邪魔する者も去り、
結局、僕と彼女だけの二人きりになってしまった。

 

さて、困った。
制作マンとして突っ張り放題だった僕は
昼間の意地を脱ぎさることができない。
一方彼女はそんなカチコチの僕にはお構いなしに
お風呂に入り、昼間パルコで購入したばかりという
キャミソールをパジャマにしている。
「どう似合う?」「お風呂に入ってくれば」といじってくるが
なんとも返答することができない。
僕はひとつ布団の反対側で背を向け
寝たふりをするほかなかった。
けっきょく何事もなく
制作チームの一員としての立場を守り抜いたわけだが、
男としてなんとも情けない対応が悔やまれるばかりであった。
致すとか致さないとかではなく
もっとスマート、今に例えればロマンスグレーな態度で
臨みたかったものである。

 

その後、僕と彼女は別々の営業所に移り
仕事をともにすることはなくなった。
数年後、当時同じ営業所で次期所長候補として活躍していた
男性と結婚したことを知る。
そしてさらに数年後、彼女が病で鬼籍に入られたと聞く。

 

僕は表参道に事務所を構え
小さな広告制作プロダクションを経営する。
ランチのお店を探し246を歩いていると
偶然にもそのご主人から声を掛けられた。
ベンチャー企業に転職し、重要なポジションを担っていると
風の便りに聞いていたが、裏付けるように数人の若い部下を従えていた。

 

彼にはかつて酒の席で
「君のその笑顔にみんな騙されちゃうんだよな」と
言われたことがある。
笑い顔だったのでたぶん誉め言葉だったと思う。
彼女も僕の笑顔に好感を抱いたであろうか。
ときどきそんなことを思い出す。

 

 

 

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