包丁に切れ味があるように、野菜には“切られ味”があります。
以前から切って気持ちのよい野菜があったのですが、ああ、それぞれに個性があって、それぞれに味があるのだなと最近気付きました。
僕にとって最高の“切られ味”は茄子です。
たとえばおよそ1センチ角に切り分ける場合、ヘタを取り除き、逆に位置する先端を数ミリ切り落とした後、まず縦半分に切り分けます。
そして切り口をまな板側に伏せ、皮の上からスース―と縦に切り分けます。
縦半分のそれぞれを横位置上下並行に並べたら、皮の上からいっきにスッスッと押し切っていく。
そのときの皮の一瞬の抗いと、押し切られた後の諦めたような素直さに、茄子の誠実さを感じざるを得ません。
似たような“切られ味”としてはトマトがあります。
ただこちらはあまりにうぶで、皮側に包丁を当てようとするこちら側にためらいを覚えさせるところがあります。とはいえ柔らかい内側から切ることにもまた若干の罪の意識を感じるのは僕だけでしょうか。
ちょっと本題とズレますが、皮と内の切りはじめの違いを申せば、鶏もも肉の1枚物を切り分ける際も同様の感慨があります。
たとえば皮側から切り込めば激しい抵抗にあうところ、内側から切り込むと、最後の皮の諦めきった“切られ味”は見事な散り際といえます。
野菜における“切られ味”では、にんじんもなかなかのものです。
地中にしっかと根を指したその生きざまを表すかのように、縦半分に切り分ける際に「え、まさかこれは木?」と後悔の念を脳裏によぎらせる、骨のある抵抗はお見事の他ありません。
しかしこれを縦に薄く切り、千切りへと細工する段に至ってはなんと従順なことか。縦に細く、それぞれが素直に並んでいきます。
一方いちょう切りの際には、その後の加熱に絶える覚悟を示すかのように、しっかりとした抵抗でいちょうという形状の維持に努める気概をうかがわせます。
にんじんの繊維の並び方の強い個性がそれぞれの表情を作り見事です。
野菜はその“切られ味”によって調理する者に密かな喜びを与えてくれます。
僕のようなド素人でこの感慨でありますから、熟練の技を備えたプロフェッショナルにおいてはどれほどの深みへと至ることでしょう。
さて、あなたはどの野菜の“切られ味”が好きですか。南無野菜。料理って、やっぱりたのしいですね。
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