観なきゃいいのになぜ文句をつけるのだろう?

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朝の連続ドラマのオープニング曲の歌詞で聞き取れない部分がある。
それにいつも不快な気分にさせられている。
「視聴率が上がらないのはこういうところなんだよ、まったく」
なんてこころのなかで悪態をついてさえいる。

チェンネルを変えればいいのだが、
直前のニュース番組の続きでなんとなくそのままにしているのだ。
朝食の洗い物を終え、トイレや床の掃除タイムに入っているので
わざわざリモコンを手にするのが面倒なのである。
主演の女優さんは人生の転機になるだろうと思うほど
熱心に演じていて、とても好感が持てるのだが、
歌詞が聞き取れなかったので、喉に棘が刺さったままだ。

こ時間帯は前々作でも同じように聞き取れない歌詞があった。
僕的に史上最高の朝の連ドラ作品だったのに、
いまだにそれが残念でならない。

一方前作ではオープニングの歌詞に
いつもこころを動かされていた。
GReeeeNは、21世紀の令和の、SNSにしか友だちがいない時代に
「親愛なる友よ」と歌った。
昭和の時代を作った主人公のまさにこれが生きる姿勢であり
いまこそ私たちが立ち戻るべき関係性であると気づかされた。
「やっぱ本物のヒットメーカーは違うな」などと
毎朝感心していた。

さて、ここに「朝ドラオープニング曲の評論家」がいる。

なにやらすべてお見通しのような事情通を気取った人間がいる。
もしかしたら歌詞が聞き取れないのは自分だけかも知れないのに、
ほかの歌詞の部分に感動している方がいくらでもいるはずなのに、
この評論家は自分の不快を、
あたかも高い感性を誇るかのように演題で叫んでいる。
聞き取れないオープニング曲が社会を悪い方向へと導くかのような
糾弾の仕方である。

これはいけないな、と評論家の僕は反省する。
たくさんのひとが黙ってたのしんでいるのだからこれでよいのである。
それくらいのことで革命家のように旗を立てる必要はないのだ。
怒りをぶちまけ、関係ないひとまで不快にさせることはないのだ。

ドストエフスキーは「ひとは他人に最高の美徳を求める」となにかの作品で述べていた。
じつは僕だって「何言ってるかよくわかんない」
聞き取れない言葉を吐いているはずなのだ。
それを許していただいているのだから、
多少タガが外れていてもいいじゃないか。
お互い様なのだから。

僕はもう少し寛大に生きようと、
朝ドラのよく聞き取れないオープニング曲に教えられた。

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