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初めてのお裾分け

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おととし購入した3株のいちごの苗がランナーを次つぎ伸ばし、昨年秋には20株以上となりました。わらを敷きそれを大切に育てたところこの春にはたくさんの実をつけわが家の食卓を賑わしてくれています。このところの晴天でその実りは春の頂点を迎え、老人二人のわが家ではとても食べ切れない量となりました。

そこで普段から大根やら漬物やらジャガイモの種芋やら枝豆やら、それはそれはたくさんの野菜をいただいている近所のお母さんに初めてこちらからお裾分けすることにしました。かつては農家、お歳を召された現在も家庭菜園でさまざまな野菜作りに取り組んでいらっしゃるベテランさんに、初心者の僕が成果を披露するなど僭越にもほどがありますが、そこは長年のお付き合い、ご笑納くださいと持っていきました。

ちょうど玄関先にいた倅さんの若いご主人に手渡すと恐縮しながら、すぐ家の裏で作業していたお母さんを呼んでくれました。事の次第を話し「いつもいただいてばかりで…今日は初めて持ってきてみました」「さすがに甘いとはいきませんが、まあ砂糖でも振ってお召し上がりください」などと伝えると、隣りで終始笑顔の彼がひと粒つまみます。「ああ、甘いじゃないですか」とひとこと。うれしいひと時となりました。

じつはこのお宅とは血縁関係はないのですが、家が近いということで古い時代から村親せきとして懇意にさせていただいています。

僕の知るところでは彼の祖父に当たる人が家の者に邪見にされる(笑)と理由をつけてはわが家にたびたび茶を飲みに来ていたそうで、そこからわが家の次男坊にいろいろ世話を焼いてくれるようになったとか。当時の長男が僕の父ですから、叔父に当たる人です。昔のことですから家長というのは王様です。まして手広く農漁業を営んでいましたから長男と次男にはなかなか厳しく当たります。まだ少年だった頃の叔父はそれがどうにも窮屈で言うことを聞かずよく叱られていました。そうしたわけで生け垣の陰に隠れていたりすると近所のその老人がこっちへ来いとかくまってくれたそうです。

そんな縁で僕も幼い頃はよくそこの家のお姉さんたちに可愛がられました。僕がわが家の入り口の生け垣そばに座りその家の入り口を見ていると、一番可愛がってくれた上から2番目のお姉さんが姿を見せ手招きしてくれます。遊びに来てもいいよの合図です。描いた絵やこしらえた粘土細工をほめられ、めずらしいおもちゃをもらい、美味しいおやつをいただき、なんなら夕飯とお風呂もご馳走になりました。カラーテレビが初めてその家にやってきたときその年の紅白を祖母とふたりでみせてもらった思い出があります。

僕はもう還暦過ぎの爺ですが、そこの家のお母さんからは昔同様いまでも下の名から「〇〇ちゃん」と呼ばれています。

何十年ぶりかに帰ってきた僕の田舎。お裾分けのいちごには、さまざまな思いが込めれています。

 

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