19年前、父が亡くなってから、普段使う必要な場所でない限り母は片づけをしませんでした。その一つが洗面台であり、こちらのポストのとおりです。
今回は別の場所についてお話しします。
そこは冷蔵庫と壁に挟まれた台所のコーナーで、汚れたままサビ付いた中華鍋や父が通販で買い求め一度使ったきり箱に戻されサビ付いた蒸し器や各種調理器、一斗缶に詰められた消費期限をはるかに過ぎた海苔や大豆、大切にし過ぎて食べられなくなったお歳暮のカニ缶などが80cmくらいの高さに積まれていました。
母は台所の手軽な棚として、そこにフライパンや大きな鍋を置いていました。
お盆に僕といっしょに実家を訪れていたつれあいは「恐くて手が出せなかった」と言います。たしかに冷蔵庫の一部の掃除で毎回手一杯でした。一度片付けだしたらお盆どころではなかったでしょう。
母と同居をはじめて2ヵ月目の昨年末、大掃除のついでについにその“魔界”を改めてみました。
そしてゴミ山の奥底から掘り出されたのが未開封の養命酒です。
僕は父が21歳のときに生まれた子です。初めて養命酒を知ったのは、父母の寝室でした。飲んでみるか、と父に言われ口にし、薬のように苦くまずかった記憶があります。戯れの出来事なのでおそらく就学前だったはずです。つまり父は20代後半の若さだった。いまから思えば、相当若くから養命酒をたしなんで(お世話になって)いたようです。
その後継続して飲んでいたのか、あるいは体力の衰えを感じ飲もうとしていたのかはわかりません。ラベルの製造年月は亡くなる2年前の「99.10」。20年物の商品であることは確かです。
養命酒のオフィシャルサイトを確認すると品質保証期間は製造から4年間 とありました。
さすがに無理かもしれない、と思いながらも開封してみました。匂いを嗅ぐとツンとくるような特段不快な感じはありません。付属のキャップに注ぎ状態を確かめてもカビや正体不明の凝固物は見受けられません。そこで恐る恐る口に含んでみました。
美味しい。
葡萄か、ベリーか、甘く芳醇な味と香りに包まれ、かすかに薬効成分のような苦みが感じられます。そしてのど越しはほのかに焼ける塊としてのアルコールそのもの。毎日晩酌として25度の甲類焼酎をいただいており、若干麻痺しているのかもしれませんが、子どものときのような拒否反応は皆無でした。
どうやらこの養命酒は幸運にも品質保証期間を遥かに超えることが可能な希少品だったもようです。
いま台所に置き、数日に1杯、気が付いたら飲むようにしています。
だからいつもより元気になっただとか、身体的に一部機能が回復しただとか、目に見えての兆候はありませんが、すくなくともお腹を壊していないことだけは事実であると、ご報告しておきます。
しかし血気盛んで知られた親父がなぜ20代後半で…、アレしか思いつかない僕は心が穢れているのかもしれません。