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ココロノ

初恋

中学1年生のとき、なんとなくいいなと思う女の子がいました。

やせていて背が高く、主だったグループからはちょっと距離を置いている。笑顔を見せることはあまりなく、謎めいた視線がとても印象的でした。幼いころ、めんどうを見てくれた叔母に、外見がどことなく似ていたのも好意を持った理由かもしれません。

ある日、美術でポートレート・スケッチの授業がありました。男女がイーゼルを向かい合わせ、相手を描きます。どちらが先に指名したのか、もう忘れましたが、僕らはめでたくペアとなりました。

言葉をまともに交わしたのは、たぶん初めてで、冗談を言って笑わせたのもきっと初めてです。言葉遊びはやがて沈黙に変わり、互いをつぶさに観察しあう時が過ぎました。

僕は幸運にも美術が、とくに絵を描くのが得意でした。出来上がりは決して美人さんではなかったですが、よく描けたものになりました。いまから思えば、それはどこか暗く、彼女の心の憂鬱さまでとらえていました。絵を描き終えた僕は、すっかりその不可解な影の虜になっていたのだと思います。

彼女もその絵を思いのほか気に入ってくれました。後に先生に頼み、もらい受けたそうです。おそらくそれが、僕らが恋を恋として意識したきっかけではなかったかと思います。

*

いつの間にか僕たちは文通をはじめました。そしてその年の秋、彼女から「連れていきたい場所がある」と告げられます。本当は入ってはいけない場所だけど、ときどき忍び込んでは一人の時間をたのしんでいる。1年中でもっとも素敵な季節がやってくるので、ぜひいっしょにいきたい。そんなようなことが書かれていました。彼女の閉ざされていた扉の向こうへの招待状を、僕はついに受け取ったのでした。

*

 

 

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そこはある学園の片隅に小さく仕切られた中庭でした。木造校舎の南に面し、降り注ぐ光が陽だまりをつくっていました。隣地との境界はすぐそばに迫っていますが、白く塗られた低い木の柵があるきりで、畑や低い雑木林の向こうに丘の上からの眺望が広がる気持ちのいい場所です。

中庭には花壇がありました。花壇の間の通路が交差する中心には噴水がありました。そして通路にも噴水にも、さまざまな色の花が咲き乱れていました。噴水の水は枯れ、花壇の煉瓦は崩れていましたが、そこは秩序を失うよろこびに満ちた花園でした。

じつはその学園はもう何年も前に廃校となり、土地の買い手が決まらずにいたのです。管理上の問題から立ち入りが禁止されていましたが、彼女は柵を越え、その廃墟を自分の庭にしていました。小鳥の声と虫の羽音だけが聴こえる忘れ去られた楽園。世界の果ての安息の地を彼女は求めていたのかもしれません。僕はその場所を手に入れた彼女をとても好ましく思いました。

*

その日、その楽園で僕は何を話したのか、どう振る舞ったのか覚えていません。木造校舎はそこだけヘコみ、部屋から庭に下りるコンクリートの階段がありました。日当たりのよい、建物と草花たちによって視線を遮られたその階段に二人並んで座ったように思います。もしかしたらはずかしくて彼女の隣に座れなかったのかもしれません。

ただひとつたしかに覚えていることは、気の利かない僕は彼女に指一本触れることもできず、キスもしなかったということです。僕たちはしばらくその中庭に佇み、花の間を歩き回り、そっとそこを立ち去りました。

果たして彼女の閉ざされた扉の向こうにあったものは何だったのでしょう。そしてポートレートに図らずも描きとってしまった不可解な影とは。結局、僕はその正体を知ることはできませんでした。あるいはキスをすることでさらにラビリンスの奥へと招かれたのかもしれません。

*

彼女の心の幻想にほんの少しだけ居させてもらった美しくも残念な想い出が、この秋、静かに甦りました。

 

 

 

 

 

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