いちじくの思い出

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実家には蔵があった。その裏手はかつて2mほど下る土手で、広い田んぼにつながっていた。春にレンゲ草が咲き、秋にはいちじくが実る、季節の節目を知らせてくれる場所であった。

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ぺてさんによる写真ACからの写真

いちじくの木は4本ほどあったろうか。いずれも背丈は3mあまり。風が吹くと硬く大きい葉がぶつかりあい、バラバラバラと愉快な音を立てた。蔵の陰になる土手は夏でもひんやりし、よく枝にまたがりマンガ雑誌を読んだ。

毎年秋が近づくと空気が甘く感じられたのは庭の金木犀の蕾だけでなくいちじくの実りの報せもあったろう。たわわに実った青いいちじくはお盆を過ぎると赤紫へと変化していった。

完熟するまで待てない僕は大人に何度も「もいでいいか」とたずね、許しを得ると、一目散に走って行き手を伸ばした。

まだ青い、先が膨らみ切らずようやく赤らんだばかりの硬い実は、指で半分に割るとおびただしい数のつぶつぶが顔を出す。今思えばそれは仏教の途方もない時間空間が凝縮された無限曼陀羅の具体物だ。そんな知識もない当時の僕はただ不思議な造形美に心を湧き立たせていた。

やがて、いちじくはぷっくり赤く熟していく。

そうすると祖母や母が収穫して来いと命じる。竹で編んだ径30cmほどのザルに花切狭で切り取ったいちじくを、白い液がこぼれ落ちるまま山積みした。

なかにはもうとろけて地面に落ちそうな熟しきったものもある。幸いカラスにも蜂にも蟻にもやられていないそいつを僕はその場でこっそりいただいた。皮は柔らかく、甘い汁が指にこぼれべたべたになる。そんなことおかまいなしに実をすするのだった。

大人になり知るのだが柿や栗などの実りを収穫する木は上にではなく、横に伸ばして育てるものだそうである。そこで冬にそのように剪定しておくのだが、うちの祖父はそんな手間を嫌がったのか、知らなかったのか、そのいちじくは上に伸び放題だった。その上、土手の下にいくほど枝が遠のくものだから、実りの3分の1も採れればよいほうだった。

その後田んぼは埋め立てられ、いちじくの木は伐採された。蔵の裏には何もなくなった。

代わりにちょっと離れた日当たりの良い場所に小さないちじくの木がある。たしか祖父が特段に甘い品種と謳い植えたものだ。実家に帰ったタイミングでたまたま実っていれば収穫していたが、幼い頃食べた蔵の裏のいちじくのほうが甘かったように思う。たぶん子どもだった時代への判官びいきなのだろう。

そういえば当時飼っていた牛の敷き藁を肥料として根元にまいていたような…。もしかしたら世話が足りないのか。当人はとっくに鬼籍に入っており教えを乞うにも術がない。

今年はやや実りが少なかった。僕は一番出来のよいやつをひとつ仏壇に供えた。

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