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母との同居日記005:洗面台に眠っていた父のヘアリキッド

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実家の洗面台を掃除しました。

たまに帰ってきたときに使うヘアクリームやクシ、歯ブラシなどは表に並べてあり、棚の中をあらためることはありませんでした。

なぜか、中には何もないと思い込んでいたのです。だって父が亡くなってもう18年。さすがに母によって整理されているだろうと勝手に決めつけていました。

その日は、久しぶりの好天でかっこうのお掃除日和。ふと洗面台の中をこの目で確かめていないことに気付いたのでした。

恐る恐る鏡面の扉を開くと、父のヘアリキッドが驚くほどたくさん保管されていました。数えると7本。残り僅かのものもあれば、未開封のものもあります。クシが無造作に置かれ、今朝出掛けに使ったばかりのようでした。

父は洒落者と言うには無理がありますが、身だしなみはつねに整えていました。

強面の風貌が買われたのか運送会社で保険担当を長く務め、他人と接する機会が少なくありませんでした。事故発生時の責任の所在を明らかにするための話し合いや示談交渉、お見舞い、ときには葬儀など神経の磨り減る場面と向き合ってきたのでしょう。いかなる時も背筋をピンッと伸ばしているためのヘアリキッドだったのかもしれません。

洗面台を母が使っているのは手を洗うことのほか見たことがありません。母の歯ブラシは台所にあり、鏡と化粧水と櫛はダイニングの隅にあります。

きっとその洗面台は父の聖域だったのでしょう。修羅場に向かう身支度を整える場として。

母は気迫に押され近寄るのをためらったのかもしれません。そしてその畏怖は父がいなくなってからも消えることはなかった。だからヘアリキッドとクシは生前のまま残されたのだと思います。

歯医者さんに予約のある日、僕は液体が残り僅かになっていた一瓶を取り、掌にふりました。両手でこすりあわせると、強烈なムスクの香り。

「ん? これはちょっと違うぞ」

そうでした。父は強面ではありましたが、夜は飲み歩いてばかりのひとでもありました。愛人に小料理屋を持たせるくらいでしたから艶っぽさも多分にあったのです。

僕は父の“色気”をぷんぷんさせ、取れてしまった歯の詰め物の治療に向かいました。

実家の倉庫には父の服や治療薬、通販で気晴らしに買い込んだ雑多なものなどがそのまま残されています。

父を片付けられない母。同居は「父の面影との同居」でもありました。

 

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(注)このポストは老境を迎えた男が実家の母の世話をするため“単身赴任”で頑張る姿をお伝えするものです。同様の境遇にある方の慰めになれば幸いです。正直、僕自身のストレス解消のためなので多少乱暴な言い回しや相手を責める言葉が飛び出しますが、怒りは滑稽の証左とお許しください。深刻の闇に惑うのではなく諧謔の灯を掲げ明るく生きるため、今日も顔晴りました。

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