午前6時53分。日曜早朝のわが家に玄関のチャイムが鳴り響く。
古民家を解体し建て直した家は極々小さい造りのためドアを閉め切った2階の部屋でも飛び起きるほどの音量だ。1階の仏間に母は寝ているが来客の応対はすべて私の役目。一体何事か、とカーテンの端をめくり玄関付近を見下ろすが人影は確認できない。
普段ならここで「はーい」と玄関に出向く意思を示すところである。寝ぼけ眼である上に、昨夜のやや多めの飲酒が加わり、朦朧が過ぎてそれができない。こころの中で悪態をつきながら、ふらふらする足元に堪え、急ぎ着替える。階段の壁を両手で押さえ必死に玄関に向かう。
どなたがお訪ねかまったく見当がつかないので、失礼のないように、ここは好感度たっぷりに「はあ~い」と戸を開けた。しかし、やはり人影は無い。屋敷が広いので帰り姿でも見つけられないかと生け垣の切れ目付近まで目を凝らすがどなたもいらっしゃらない。
玄関ドアの開き口の反対側に飾りとして昔祖母が糠漬けを作るのに利用していたであろう大きな茶色い壺が置いてある。首を突き出してそちらを確認すると壺口と壁との隙間にちょこんと新聞紙の包みがあった。なるほど来客はこれを届けにいらっしゃったのだ。
包みを開けると美味しそうな瓜の漬物である。
ここでようやく察しがつく。いつも家庭菜園の実りをおすそ分けしてくれる近所のおかあさんだ。ほんの10日ほど前も採れたての大きなトマトときゅうりの塩漬けを持ってきてくれた。塩漬けは漬かりすぎ塩っぱかったが食べやすいサイズに輪切りした後、水に浸し一晩冷蔵庫で塩抜きしていただいた。今回の瓜の漬物はどうだろう。さっそく切って朝食に。塩味がちょうどよくとても美味しい。
食後、床に掃除機をかけていると電話が鳴る。件のお母さんからだ。
「おいといたけど、わかった? ちょっとしなってるけど噛めばしっかりしてるからさあ、食べてえ」
熱中症警戒アラートが発令され、すでにまぶしい陽光が降り注ぐ朝。こんな涼に恵まれることもあるのだからやはり実家はよい。