雪の農道をゆっくり走る軽トラック。運転していたのは父。隣には母がいた。田んぼの中の1本道。車1台がやっと通れる幅しかない。雪が降るなんて年に1、2回あるかないかの土地だ。慎重であったはずだが、ハンドルか、アクセルか、あるいはその両方か、父は操作を誤った。ズルズルと、スローモーションで、軽トラックは道を外れ田んぼに滑り落ちていった。
横転した車内。ハンドルを握る父に、ベンチシートの隣に座っていた母が座ったままの姿でのしかかる。その様子を想像してみたらなんだかとってもおかしくて、母は思わず声を出して笑ってしまったそうだ。
父は血相を変え、声を張り上げた。「早く出ろよ~、何やってんだ、早く出るんだよ~」。母は笑いを押し殺しながら、ようようドアを開け外に出た。父も、慌てて這い上がってきた。
「二人とも燃え死ぬかもしれなかったんだぞ、なにをグズグズしてやがんだ」と、父は繰り返し母を叱責した。横倒しになった車からガソリンが漏れ、エンジンの熱で火がつくかもしれないと思ったらしい。母はそれでもおかしくて、おかしくて心の中で笑っていた。
古い家屋の座敷。中央に置かれた炬燵に母と僕。昔を懐かしむ語らいのなか、ふと思い出したのか、初めて教えてくれた。父が亡くなってから、およそ20年の時が経つ。僕が生まれる前か、後か、いずれにしろ遠い過去の出来事。誰にも知られず消えて無くなる運命にあった話である。