子どもたちへの絵本の読み聞かせは、おもに僕が担当していました。「もう寝なさい」と母に告げられると、最後のあがきとして呼ばれ、2段ベッドでのお話タイムが始まります。絵本だけでなく、僕が子どもの頃に体験した(とする)不思議な話も披露しました。ここではそのなかから想い出深い絵本を選びご紹介していきたいと思います。
第1回は岸田衿子/著、堀内誠一/イラストの「くまとりすの おやつ」福音館書店です。
上の子によく読んであげた本で、あの“2段ベッドでのおたのしみ”が生まれる前に活躍しました。
この本には木苺採りのたのしいイベントを舞台に、友だちとのかかわり、会話、その大切さがやさしく描かれています。とはいえ幼児向けなので、子どもにまず響いたのは、読んであげたときのリズミカルな声、脳を刺激する目に鮮やかな色彩のカットだったろうと思われます。
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僕が好きなのはこのフレーズです。
「きいちご ぽちん ぽちん なってるか なってるよ」
僕は子どものために読みながら、この場面を開くたびに郷愁でいっぱいになっていました。そしていつしか記憶にとどまり一生をともにする言葉になりました。
正しくは木苺ではないのかもしれません。でも当時の村の子どもたちはそれを木苺と呼んでいました。低木のそれは晩春に白い花をつけ、梅雨入り前に黄色い小さな果を実らせます。食べごろはやや透き通ってきた時分。口に入れるとそれはすぐにはじけ甘い汁がいっぱいに広がりました。シーズンには競って採りその場で頬張ったものです。
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いまでも床にワイパーをかけたり、お風呂を掃除したり、草刈りをしているときなど、このフレーズがふと心によぎることがあります。
「きいちご ぽちん ぽちん なってるか なってるよ」
僕は誰に問いかけているのでしょう。あのとき野山を駆け回っていたころの僕なのかもしれません。
「なってるか?」「なってるよ!」
ちょっとはずかし気な笑顔を浮かべ答える顔が見えます。
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