プロポーズさえまだなのに、彼女の両親に

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たしかあれは渋谷宇田川町の坂のたもとにあった丸井がアクタスとかいう家具専門店であった時代だったと思う。
僕と彼女はエスカレーターに身を任せ、なぜ大きなテーブルを買わなくてはいけないか議論していた。
僕は当時下町の家賃2万円風呂なしのボロアパートに住んでいた。毎日終電までの激務のため銭湯に入れないこともしばしばで、どうにかして風呂付の住まいに転居できないか思案していた。
彼女は当時フリーランスのイラストレーターになったばかりで都内に事務所を持てないか思案していた。
僕はそこにつけいって、新しい風呂付賃貸住宅を借りるので、昼間の間会社勤めの僕のいない間事務所として使えばいいと提案した。
彼女は下りエスカレーターで「それは親に承諾を得なくては」と忠告した。
僕はエスカレーターが下のフロアに到着する間も待たず「それは僕が説得するよ」と答えた。
数週間後、彼女の実家を訪ね、新居の件を彼女の両親に説明した。
しかし好きなお酒を勧められ、いつしか「お嬢さんをください」と言っていた。
後に彼女に教えられたが「まずい、まずい。この人何を言ってるんだろう」と思ったそうだ。
当時、ご両親はたまたま占い師に見てもらった結果、彼女の妹さんが先に結婚し、お姉さん、つまり彼女は行き遅れるだろうと告げられていたことも後に判明するが、その時の義父はさすがの威厳を示し、即刻の帰宅を促した。彼女の実家からぎりぎり終電を乗り継いで、僕は「やっちまった」感に苛まれながら、深夜の古アパートに戻った。
それから1ヵ月のうちに毎週末スケジュールを組み、互いの両親を引き合わせ、結納を済ませ、新居を決め、東京駒沢の同じくボロアパートであるが風呂付のうさぎの寝床アパートに住み始めることになる。
もし来世、妻と出会ったら、また同じパータンでいっしょになりたいと思う。僕の最期にはそれを告げておきたいと思っている。

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オカシミ
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ロマグレ
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