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怪異譚 | 玄関向こうの虚ろな「こんばんは」と墓山からの呼び声

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僕が体験した不思議なこと、じっさいに見たこと、聞いたことをご紹介しています。第3回は虚空から放たれた声のお話です。

 

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くつろぎの時間を一瞬で凍らせた「声の訪問者」

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Jeroen Andel

 

生家は古い民家で、仏壇横の壁には曾祖母や戦死した祖父の弟の遺影が飾られていました。仏壇のある広く明るい座敷は、雨戸が閉められた薄暗い奥座敷につながっています。その間は幅2間高さ1間ほどの開口部となっており、ハメ込み細工がガラス板で覆われた4枚の引き戸で仕切られていました。冬場は寒いので、閉め切ってあるのが常です。

僕がまだ小学生だったある日、その間仕切りにラップ現象のようなことが起きました。

突然、向こう側から大人が体当たりしたような衝撃があり、バンという大きな音を立てたのです。一人だったので肝を冷やしましたが、家族には誰にも話さず、数年後叔父にそっと尋ねてみました。すると叔父も子どもの頃、その戸が突然鳴ったことがあるといいます。あまりにもあっけらかんとしていたので、まあそれほどいぶかしがることでもないかと、会話はそれで途切れました。

大人になってからも、実家でビデオを撮影すると、白く浮遊するいわゆる「オーブ」といわれるものが映り込むことがあります。

いまとなれば前者は木造りの家のしなり、後者は埃と解釈することもできますが、不思議といえば不思議なことが起こる家であるのは事実のようです。

さて、前置きが長くなりましたが、その家にある日「声の訪問者」がありました。

座敷に据えられたテレビを前に家族が思い思いの格好でくつろいでいた夜のことです。風邪をひいていた母だけは奥座敷のさらに奥にある寝室で横になっていました。

9時を過ぎていたと思います。古い大きな鎧戸の玄関の向こうから突然「こんばんは」という男の声がしました。玄関は座敷のすぐ隣にあるので聞こえにくくはないのですが、その声はテレビの音声を一瞬かき消し、あまりにもクリアに耳に届きました。そして感情を込める手立てもなく虚空からいきなり発せられたような冷たいものでした。

そのとき、誰もが固まり、玄関に出ようとしません。当時中学生だった僕は蛮勇を発揮し立ち上がろうとしました。すると、こんどは父が「待て!」と鋭い声を発しました。しかし父は玄関の声に答えようとするわけでもなく、そこにいた家族はただ黙って息を殺していました。

部屋の明かりが漏れるので、在宅であるのは、その訪問者も気づいているはずです。しかし声は2度と発せられませんでした。

翌日、その不思議な出来事を知った母は、寝室で奇妙な音を聞いたといいます。雨戸の外を誰かが枯れ葉を踏むような音を立て歩いていたのだそうです。母が奇妙に思ったのは、夜の裏庭に人の気配があったことだけではありません。じつは数日前にそこはきれいに掃いてあり、枯れ葉は残っていなかったのです。もちろん冬のさなか、木々に葉は残っていませんでした。

それから間もなく、祖父に知らせが届きました。あの日あの時刻、懇意にしていた知人が息を引き取ったそうです。祖父も祖母も、父も母も、みな暗黙の了解で事の真相を悟ったようでした。

 

深夜誰もいない墓山から誰かが呼びかける

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僕の生まれた村の奥は谷津田になっています。小学高学年の頃、その一部が造成され住宅団地へと変わりました。当時は交通の便が悪く、バス停は僕の村にあるだけです。団地に住む人は通勤通学に村はずれの墓山の下を通らねばなりませんでした。

墓山は平地の少ない村が田畑を優先したため必然的に増えていった高所の墓地群です。下から見上げると広葉樹の大木がうっそうと茂るだけですが、その幹の根元には薄暗い平地に苔むした墓石が点在しています。住宅団地ができる前は、農作業の用でもなければその道を使う人がないため、本当に寂しい場所でした。一部、がけ状になっているところもあり、叔母などはいつ埋葬された骨がむき出しになるか気が気ではなかったといいます。

叔父とその友人などは、夕方がけの横に隠れ、田んぼから一人で帰る女性を狙い、イタズラを仕掛けました。竹の先にひもでコンニャクをつるし、目の前をすっと横切らせるのです。ヒイ~と駆け足で逃げる姿に声を殺して笑ったと懐かしんでいました。でも、彼らだってその場所に夜一人でいたいとはきっと思わなかったはずです。

さて、これは住宅団地に住むある方(A氏)の体験談を母が聞いたものです。

A氏はその日、残業で終バスを逃してしまいました。駅から40分近く歩き、ようやく例の墓山の下にたどり着きました。そのころには道は舗装され、墓山の反対側はいくぶん開けていました。しかし深夜のことです。まばらな街灯を過ぎれば漆黒の闇も同然。A氏はもうすぐ到着できるわが家をめざし足早にその場を抜けようとしていました。

するとふと聞きなれない声がします。「おーい」。一拍おいてまた「おーい」。そしてまた「おーい」。その寂し気な呼び声は墓山の頂上から聞こえてきました。

じつはその1週間ほど前、そこには新しい仏が埋葬されていました。村で生まれた次男坊が東京に働きに出て、なんらかの事情で自死に至ります。兄が東京に行き遺体を引き取り、火葬をすませ故郷にお骨を持ち帰りました。彼はそこで安眠するはずでした。しかし、よほど東京の独り暮らしが寂しかったのでしょう。彼の魂はたまたま通りかかったA氏にすがりついたものと思われます。

母は埋葬の事実を知っていたのでピンときました。しかしA氏にも、もちろん亡くなった仏の家にも、そのことは話していません。母と僕、二人だけの秘密としてそっと教えてくれました。

いまでも僕は運転する車でその道を通りたくありません。ハイビームの先に何か見えはしないか。それがたとえコンニャクだったとしても、きっと僕は目を見張るでしょう。

 

このシリーズ終わり。

 

 

 

 

 

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