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母の一番下の妹

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Photo by Vie Studio / Pexels

この冬で87歳になる母は4人姉妹の長女である。

上に兄があるが、得意の洋裁で服を作ってあげたり実質的な世話役であったためか妹たちの信頼は篤い。なかでも7歳ほど離れた一番下の妹にはこのところ手厚いフォローをいただいている。3ヵ月に一度くらいの頻度で電話を掛けてきてくれ1時間を超える長話しで無益に送る母の時間を鮮やかに彩り埋めてくれるのだ。

今日は母が彼女の子ども時代を思い出し、あるエピソードを電話で伝えていた。

母の実家は母屋の正面が何もない広い庭になっている。そこを彼女が自転車にまたがりぐるぐる回っている光景だ。母の記憶では片手でハンドルを握り、片手で猫を胸に抱いていた。それを庭の端で眺めていた母は「そんなこと自分にはぜったいできない、この娘はすごい」と心底思ったという。

しかしまだ80代に入りたてのご本人はそのことをしっかり記憶しており間髪入れず訂正する。片手運転ではなくサドルの後ろの荷台にまたがっていた。猫を抱いていたのではなく、サドルに子犬を乗せていたのだそうだ。

受話器を握りながら、その言葉を繰り返す母はいっそううれしそうに「やっぱりあんたはすごい娘だった」と改めて感心するのだった。

彼女が高卒で会社勤めを始めたころ、母の里帰りに連れていかれた幼い僕は特別に可愛がってもらった。というのもじつはその家には一番上の兄の子が僕と同年であり、その子と比較して明らかに〈贔屓〉の扱いだったのだ。

広い座敷に客の僕らといっしょに敷かれた彼女の布団。残業で遅く帰った夜、お風呂から上がりようやく戻ってきた彼女が寝床に入る。母の隣で寝ているふりをしていた僕は目をぱっちり開けその様子をうかがっている。すると口に人差し指を立て、こっちにおいでと手招きしてくれる。そして彼女の隣に潜り込むとどこからか板チョコを取り出し、小さく折った一片を僕の口に入れてくれる。彼女はそっと微笑みながら僕の顔を見ているのだった。

僕の母が好きだった彼女は、僕をその分身として可愛がってくれた。

 

そのほかの母について

 

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