カゾクト ココロノ

こころの支えとなれる夫婦に

「ちょっとつらいわ…」。

「これが一段落着いたら、寝台列車で旅行に行こう。温泉にゆっくり入って、美味しいもの食べて」と僕。

「そんなん泣くわ」

つれあいとの先日のLINEです。

約束があったのに先立たれ、という話をよく聞きますが、それでも希望となることに変わりはありません。

互いの苦労を分かち合い、こころの支えとなれる夫婦に、もしかしたらなれてるのかなと思った瞬間です。

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60歳を迎えた昨年、フリーランスながら仕事をリタイアすることにしました。それを前につれあいと話したのが「老いてからではできない人生のやり残しを片付けることにこれからしばらく集中する」ことでした。
そしてまず取り組んだのが東京の家のリフォーム。子どもを持つ息子夫婦との二世帯住宅への改修でした。

住み続けながらの工事だったので、一時は銭湯通い、コンビニ弁当などでしのがなくてはならないこともありました。

そのときはまだ気づかなかったのです。互いがこころの支えとなっていることを。

寝起きを共にし、あきらめの境地からほぼ半笑いで日々の苦痛を吐露しあっていたので、いなければ息もできなくなるくせに、相手の存在は空気のように当たり前でした。

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リフォームが終了し、息子夫婦への住まいの引き継ぎの準備が整ったので、つぎは実家の整理に取り組みました。

ひとり暮らしで食がすっかり細くなってしまった上、認知症の兆しも現れ始めた高齢の母の世話をするため、実家に単身赴任。

そして一家の惣領が戻ってきたとばかりに依頼されたのが地域のコミュニティの長職でした。本来ならもっと若いときに引き受けるべきだったので嫌とは言えません。

さらに古く崩壊の危機にあった住まいの建て替えに取り組みました。

立派でしたがこちらも崩壊が進んでいた蔵を解体し、その場所に新居を建てる。その後、古民家を解体するというプロジェクトです。

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こうした大仕事を進めるに当たり、たちまち浮上したのがつれあいの存在のありがたさでした。

まず母と暮らす日々の衝突。母にとってみれば平穏だった毎日をいきなり侵入してきたよそ者に、新しいルールで乱されるのですから、たまったものではありません。ハラスメントにならないように気を配りつつも、勝手な母への行き場のない怒りが積もっていきました。

そのはけ口につれあいとのLINEがありました。

またコミュニティの長となったことでもストレスが生じました。20歳過ぎから東京に暮らし、田舎の集落のことはほとんどわかりません。そこで直面したのが地元のきわめて保守的な価値観との衝突でした。

長年田舎(井の中)で好き勝手にやってきた運営手法は、周囲のコミュニティとのより大きな連携に齟齬が生じていました。

反感を浴びつつ修正し、さらにコロナ時代に適した運営へと改革を進めることは自然と自分の中で葛藤が生じます。

もしかたしら僕の価値観は不要なのかもしれない。しかし時代の中であるべき方向へと導いていくのが任された者の使命です。事実そうやって仕事での成功を勝ち取ってきました。

そんな葛藤のなかでも、支えとなったのはつれあいの存在でした。離れて暮らしていても人生の伴侶として認めてくれるひとがいることの救い。正しさの拠り所としてつれあいがいます。

実家の建て替えプロジェクトでも、プランを相談し、進捗を知らせることで将来いっしょに住むことになるであろう新居への夢がふくらんでいます。

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最近、つれあいの実家でいささか不都合なことが生じました。ここでは詳細を明らかにすることはしませんが、彼女にとってもそれは「老いてからではできない人生のやり残しを片付けること」に相当するものです。

冒頭のLINEのやりとりはそのときのものでした。

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さまざまな夫と妻がいます。幸、不幸はひとそれぞれでしょうが、いま僕はこのひとと夫婦になってよかったと感じています。

「今日は注意報が出るほどの酷暑。外仕事はお控えを!」

「そっちこそ電車で出かける予定があるんだろ。マスク熱中症に注意」

毎朝9時定例の本日のLINEです。

離れて暮らしているからこそ表にできる気遣いの言葉がそこにあります。

 

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