近所に住む息子夫婦のもとへリンゴを届けた。
義父が栃木の農家まで車で買い出しにいき、わが家に箱入りでおすそ分けしてくれる。この時分の恒例行事だが、今年は生後15ヵ月になるひ孫がリンゴを丸かじりできるようになったと聞き、わが息子夫婦のぶんもともう一箱余分に持ってきてくれた。
義父と義妹が久しぶりにわが家に来るというので、息子夫婦を呼び、四世代でお昼をいただく。
さて、お開きでの算段。
いただいたリンゴは10kgもある大箱でとても徒歩で持って帰れる代物ではない。義父が帰りに車で寄ろうと申し出てくれたが、運転手の義妹に不案内な路を遠回りさせるのは気の毒だ。わが家に車はない。息子夫婦も車を持たない。というわけで、翌日僕が自転車で届けてあげることにした。
当日。
自転車に荷台はなく、前の買い物かごに載せる以外手立てはない。箱の角をかごの口に食い込ませてはみたものの、さすがにハンドル前に10kgの荷重。ふらつきを抑えるのに神経を使うことになる。しかも急停車でもしようものなら、半分以上かごからはみ出た箱が前に飛びだしかねない。
結局、ある程度のスピードを出すことで安定走行を確保したものの、赤信号では片手で箱を抑えふらつきながら停止する危険運転となった。
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それでも道すがら、父は考えたのだった。
自転車をマンションの前に置き、部屋まで箱を抱え持っていく。息子の奥さんがお茶でも飲んでいってください、とすすめる。孫娘を抱いた息子もせっかくだから上がっていけという。じいじになれてきた孫娘も覚えたての作り笑顔で愛嬌を振りまく。となると、それを断り、玄関でトンボ返りしてはアレだ。息子の奥さんに冷たいひとだと思われかねない。息子にも上がっていけばよかったのにと後で言われそうだ。
ならば最初は断って、二度目に声をかけられたら快諾することにしよう。お茶でも1杯いただいて、ひととおり孫をあやしたら、用事があると言ってすぐ帰ることにしよう。
もともとお付き合いというのはさっぱりしているのが好きなので、どうにもこういうのが苦手である。招きに応じてみたもののその場を辞する際のタイミング、切り出す言葉などを考えるともう面倒でいっそのこと家に上がらないのが一番だと思ってしまう。今回はその信条を押し曲げての譲歩である。じいじのせいいっぱいの誠意であった。
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さて、そんなこんなのシミュレーションとふらつき運転を経て、ようやく到着する。玄関のチャイムを鳴らすと、息子の奥さんが慌ててドアを開けてくれた。
「ああ、ありがとうございます。どこに置いてもらいましょうか」と奥さん。
「重いから部屋の中まで持っていこうか?」と僕。
「いや、やっぱり玄関でいいです」
「ここでいいの?」
気温の低い玄関のほうがリンゴが傷みにくいと考えてのことだろうと即座に納得するも、この受け答え、まるで自分から部屋に上がりたいと言っているようなものではないか!
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そんな騒ぎを繰り広げていると孫娘を抱いた息子が現れる。
「ありがとう。ほらおじいちゃんだよ」と孫娘の顔を近づけるので、僕はぷっくりした手の甲と首を人差し指でつんつんとつつきご機嫌をうかがう。
まだ玄関だ。
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息子が突然思い出したように奥さんに告げる。
「そうだお茶!」
とっさに僕は「ああ、いい、いい」とシナリオどおり辞退する。
「いや、お茶を」
と、そこまで言うのなら仕方ないとばかりに、しかしうすら笑みを浮かべ
「そう?!」と靴を脱ぎかける。
すると息子があわてて制止するではないか。
「いや、ごめんね。持って帰ってもらいたいお茶があるんだ」
部屋に引き返していた奥さんが小さな赤い紙バッグを持ち走ってきた。
「これ、お母さんに渡して」と息子から手渡される。
「ああ、ありがとう。じゃあ、これで。孫娘ちゃん、ばいばい、またねえ~」
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帰り道、荷物がなくなり軽いはずの自転車だったが、どこかしっくりこない。気づけばサドルの位置がやけに低いではないか。ペダルをこぐと膝が思いのほか上がり、きっと無様な乗り方になっているにちがいない。そういえばこの前、つれあいが乗るというので身長に合わせサドルを下げていたのだった。
意気消沈の僕はそれを直す気力も失せ、低すぎる自転車をふらふらと西日に向かってこいだのだった。