カゾクト

注文できなかったクリスマス・イブのボルシチ

僕が24歳で、つれあいが22歳のクリスマス・イブ。銀座で待ち合わせ、食事デートをした。

つきあって3ヵ月で同棲した、その5ヵ月後のことだ。

バブル景気がまさに始まろうとする恋人たちの聖夜に、僕はどこにも予約を取っていなかった。風来が好みといえば聞こえはいいが、有り体に申し上げれば怠け者。段取りが面倒くさいだけだった。そうした本性を知る最初の事件だったのかもしれない。

北風の吹きすさぶ街を、何件も店を訪ね歩き、二つの席にようやくありつく。ほうほうの体で着席し、手をすり、両手で頬を温め、急いでメニューを広げると1品ほぼ3000円以上のものばかり。「ボルシチ?いいじゃない!」などとさっきまで軽口をたたいていた僕は青ざめる。

後に知るのだがそこはいまはなき「バラライカ」。ロシア料理の名店だった。

だいたいが同棲を始めるに当たり資金面は全部彼女におんぶ。友人と沖縄に行く予定のお金がそっくり安ボロアパートの敷金礼金に消えた。家財道具は彼女の父から援助いただいた50万円でなんとか整えるロクデナシぶりだった。実家を飛び出したも同然の僕は文字通り“馬の骨”だったのだ。

そのお金で購入した冷蔵庫があまりにありがたく、アパートへの配達日を僕たちは結婚記念日として指輪に刻んだ。

東急ハンズで寝具として買った折り畳みのマットレスはソファ代わり。布を被せごまかしてもその座り心地はスポンジそのものだ。お披露目に呼んだ友人は薦められるまま腰掛けるとみな怪訝な顔をした。

大学中退(除籍)のアルバイトのコピーライターが稼げるお金は大卒初任給にも満たない。彼女はフリーランスの仕事をしていたがまだ売れっ子にはほど遠かった。

僕は向かいの席に座る彼女に顔を近づけ所持金を尋ねる。二人合わせてもボルシチ2品の注文はかなわなかった。

天にましまして一千数百回目の奇跡の前夜に祝杯をあげていらっしゃるであろう神に、必死に乞い願い、メニューをめくりにめくってついに探し当てたのがピラフだった。

僕たちはワインを傾けるでもなく、会話をたのしむでもなく、もしかしたら体もそんなに温まっていなかったのかもしれない。でもここは銀座。いまはイブ。何食わぬ顔で優雅に最低価格の料理をいただき店を後にしたのであった。

注文できなかった36年前のクリスマス・イブのボルシチ。貧しさもいつか思い出になると、まだ僕は気づいていなかった。

 

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